農民芸術概論綱要

     序 論
- われらはいっしょにこれから何を論ずるか -
1日  おれたちはみな農民である ずいぶん忙しく仕事もつらい
    もっと明るく生き生きと 生活をする道を見付けたい
    われらの古い師父たちの中には そうゆう人も応々あった
    近代科学の実証と 求道者たちの実験と われらの直観の一致に於て論じたい
2日  世界がぜんたい 幸福にならないうちは 個人の幸福は あり得ない
3日  自我の意識は 個人から集団社会宇宙と 次第に進化する
    この方向は 古い聖者の踏みまた教えた道ではないか
    新たな時代は 世界が一の意識になり生物となる方向にある
4日  正しく強く生きるとは 銀河系を自らの中に意識して これに応じて行くことである
    われらは 世界のまことの幸福を索ねよう 求道すでに道である

     農民芸術の興隆
- 何故われらの芸術がいま起らねばならないか -
    曽つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きていた
    そこには芸術も宗教もあった
    いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである
5日  宗教は疲れて 近代科学に置換され 然も科学は冷く暗い
    芸術はいまわれらを離れ 然もわびしく堕落した
    いま宗教家芸術家とは真善若しくは美を独占し販るものである
    われらに購うべき力もなく 又さるものを必要とせぬ
6日  いまやわれらは 新たに正しき道を行き われらの美をば創らねばならぬ
7日  芸術をもて あの灰色の 労働を燃せ
    ここは われら不断の潔く楽しい創造がある
    都人よ 来ってわれらに交れ 世界よ 他意なきわれらを容れよ

     農民芸術の本質
- 何がわれらの芸術の心臓をなすものであるか -
8日  もとより農民芸術も美を本質とするであろう
    われらは新たな美を創る 美学は絶えず移動する
    「美」の語さえ滅するまでに それは果なく拡がるであろう
    岐路と邪路とをわれらは警めねばならぬ
11日 農民芸術とは 宇宙感情の地人個性と通ずる 具体的なる表現である
10日 そは直観と情緒との 内経験を素材としたる 無意識或は有意の創造である
    そは常に実生活を肯定し これを一層深化し 高くせんとする
    そは人生と自然とを 不断の芸術写真とし 尽くることなき詩歌とし
    巨大な演劇舞踊として 観照享受することを教える
9日  そは人々の精神を交通せしめ その感情を社会化し 遂に一切を究境地まで導かんとする
    かくてわれらの芸術は 新興文化の基礎である

     農民芸術の分野
- どんな工合にそれが分類され得るか -
12日 声に曲調節奏あれば声楽をなし 音が然れば器楽をなす
    語まことの表現あれば散文をなし 節奏あれば詩歌となる
    行動まことの表情あれば演劇をなし 節奏あれば舞踊となる
13日 声に曲調節奏あれば声楽をなし 音が然れば器楽をなす
    語まことの表現あれば散文をなし 節奏あれば詩歌となる
    行動まことの表情あれば演劇をなし 節奏あれば舞踊となる
14日 声語準志に基けば演説論文教説をなす
    光象生活準志によりて建築及衣服をなす
    光象各異の準志によりて諸多の工芸美術をつくる
    光象生産準志に合し園芸営林土地設計を産む
15日 香味光触生活準志に表現あれば 料理と生産とを生ず
    行動準志と結合すれば 労働競技体操となる

     農民芸術の(諸)主義
- それらのなかにどんな主張が可能であるか -
    芸術のための芸術は少年期に現われ青年期後に潜在する
    人生のための芸術は青年期にあり 成年以後に潜在する
    芸術しての人生は老年期中に完成する
    その遷移にはその深さと個性が関係する
    リアリズムとロマンティシズムは個性に関して併存する
    形式主義は正態により標題主義は続感度による
16日 四次感覚は 静芸術に 流動を容る
17日 神秘主義は 絶えず新たに 起るであろう
    表現法のいかなる主張も 個性の限り可能である

     農民芸術の製作
- いかに着手しいかに進んで行ったらいいか -
18日 世界に対する 大いなる希願をまず起せ
    強く正しく生活せよ 苦難を避けず直進せよ
19日 感受の後に 模倣理想化 冷たく鋭き解析と 熱あり力ある綜合と
    諸作無意識中に潜入するほど 美的の深と創造力はかわる
    機により興会し胚胎すれば 製作心象中にあり
    練意了って表現し 定案成れば完成せらる
    無意識即から溢れるものでなければ 多く無力か詐欺である
    髪を長くしコーヒーを呑み 空虚に待てる顔つきを見よ
20日 なべての悩みを たきぎと燃やし なべての心を心とせよ
    風とゆききし 雲からエネルギーをとれ

     農民芸術の産者
- われらのなかで芸術家とはどうゆうことを意味するか -
    職業芸術家は一度亡びねばならぬ
    誰人もみな芸術家たる感受をなせ
    個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
    然もめいめいそのときどきの芸術家である
21日 創作自ら湧き起り止むなきときは行為は自づと集中される
    そのとき恐らく人々はその生活を保証するだろう
    創作止めば彼はふたたび土に起つ ここには多くの解放された天才がある
    個性の異る幾億の天才も併び立つべく 斯くて地面も天となる

     農民芸術の批評
- 正しい評価や鑑賞はまずいかにしてなされるか -
    批評は当然社会意識以上に於てなさねばならぬ
23日 誤まれる批評は 自らの内芸術で他の外芸術を律するに因る 産者は不断に 内的批評を有たねばならぬ
    批評の立場に破壊的創造的及観照的の三がある
    破壊的批評は産者を奮い起たしめる
    創造的批評は産者を暗示し指導する
    創造的批評家には産者に均しい資格が要る
    観照的批評は完成された芸術に対して行われる
22日 批評に対する産者は 同じく社会意識以上を以て応えねばならぬ
    斯くても生ずる争論ならば そは新なる建設に至る

     農民芸術の綜合
27日 - おお朋だちよ いっしょに正しい力を併せ われらのすべての田園と われらのすべての生活を
    一つの巨きな第四次元の芸術に 創りあげようでないか -
26日 まずもろともに かがやく宇宙の微塵となりて 無方の空にちらばろう
    しかもわれらは各々感じ 各別各異に生きている
    ここは銀河の空間の太陽日本 陸中国の野原である
    青い松並 萱の花 古いみちのくの断片を保て
    「つめくさ灯ともす宵のひろば たがいのラルゴをうたいかわし
    雲をもどよもし夜風にわすれて とりいれまぢかに歳よ熟れぬ」
24日 詞は詩であり 動作は舞踊 音は天楽 四方はかがやく風景画
    われらに理解ある観衆があり われらにひとりの恋人がある
25日 巨きな人生劇場は 時間の軸を移動して 不滅の四次の芸術をなす
    おお朋だちよ 君は行くべく やがてはすべて行くであろう

     結  論
30日 - われらに要るものは 銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である -
28日 われらの前途は 輝きながら𡸴峻である 𡸴峻のその度ごとに 四次芸術は 巨大さと深さとを加える
29日 詩人は 苦痛をも享楽する 永久の未完成 これ完成である
    理解を了えば われらは斯かる論をも棄つる
31日 畢竟ここには 宮沢賢治一九二六年の その考があるのみである