■あらすじ
野原のはずれの小高い所に一本のきれいな女の樺の木がありました。その木には狐と土神の二人の友達がありました。狐は上品な出で立ちで詩集をもって遊びに来て夜空の星の話などをしました。そしてつい、望遠鏡を見せるといううその約束をしてしまい、狐は後悔します。一方、土神は赤い眼で髪はぼさぼさ、裸足で爪が黒い風体で、ゆっくりと樺の木のところにやって来て分別くさそうに話をするのでした。ところが、樺の木が狐のことを口にすると土神は怒りだし、吠えるようにして家に帰りましたが怒りはつのるばかり。とうとうある日、土神が樺の木を訪ねたところに狐がやって来たことから土神は豹変し、狐を追いかけて飛びかかって殺してしまいました。土神は途方もない声で泣き出しました。
■みどころ
心の葛藤を描いたドラマチックなお話です。まるでイタリア・オペラの世界のように、愛と嫉妬と怒りが織りなす悲喜劇に、人間が本来持っている恋愛や喜怒哀楽の感情の発露をどのように受け容れていけるのか、深く考えさせてくれる作品であるようにも思われます。
もう一つの視点として、土神と狐が、一人の人間の二面性を表わしていると考えることもできます。分別くさくて感情の起伏が激しく上から目線の一面と、他人の機嫌を取りロマンチストながら小心でちょっと不正直な一面と、人間は多かれ少なかれ両面を持ち合わせており、宮沢賢治自身も自分の中の両面性を見つめていたようです。狐が樺の木に語る美学は「器械的に対象(シンメトリー)の法則にばかり叶っているからってそれで美しいというわけにはいかないんです。それは死んだ美です。」というもの。左右が違っていてこそ全人格的美があるということかもしれません。狐の死骸のレインコートに入っていた二本のかもがやの穂もそれぞれ違った形をしていたことでしょう。