生徒諸君に寄せる

新校本 宮澤賢治全集 第四巻(詩Ⅲ)

生徒諸君に寄せる

[断章一]
この四ヶ年が
わたくしにどんなに楽しかったか
わたくしは毎日を
鳥のように教室でうたってくらした
誓って云うが
わたくしはこの仕事で
疲れをおぼえたことはない

[断章二]
   (彼等はみんなわれらを去った。
    彼等にはよい遺伝と育ち
    あらゆる設備と休養と
    滋には汗と吹雪のひまの
    歪んだ時間と粗野な手引があるだけだ
    彼等は百の速力をもち
    われらは十の力を有たぬ
    何がわれらをこの暗みから救ふのか
    あらゆる労れと悩みを燃やせ
    すべてのねがひの形を変へよ)

[断章三]
新らしい風のやうに爽やかな星雲のやうに
透明に愉快な明日は来る
諸君よ紺いろした北上山地のある稜は
速かにその形を変じやう
野原の草は俄かに丈を倍加しやう
あらたな樹木や花の群落が






[断章四]
諸君よ 紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君はその地平線に於る
あらゆる形の山岳でなければならぬ

[断章五]
サキノハカ・・・
             来る
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である、
諸君はこの時代に強いられ率いられて
奴隷のように忍従することを欲するか
むしろ諸君よ 更にあらたな正しい時代をつくれ
宙宇は絶えずわれらに依って変化する
潮汐や風、
あらゆる自然の力を用い尽すことから一足進んで
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ

[断章六]
新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系統を解き放て

新しい時代のダーウィンよ
更に東洋風静観のキャレンヂャーに載って
銀河系空間の外にも至って
更にも透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ

衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踊の範囲に高めよ

素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである
おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少なくとも百人の天才がなければならぬ

[断章七]
新たな詩人よ
嵐から雲から光から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ

新しい時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を素晴しく美しい構成に変へよ

諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか

[断章八]
今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
すべての信仰や徳性はただ誤解から生じたとさへ見え
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ、

誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを云つてゐるひまがあるのか
さあわれわれが一つになって [以下空白]